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毎週(水)・第二(木)は定休日です。
なお、7/28(水) から 8/4(水)は夏の休業期間となります。休業中にご注文いただく商品の最短ご指定可能日は 8/11(水) 以降となりますのでご了承ください。

ノリタケの刻印

江戸時代末からの創業者の努力から始まり、明治37年からは国内需要だけでなく輸出により本格的に栄えたノリタケカンパニーリミテド(旧 日本陶器)。
製品の裏には年代別に刻印がされていることから、刻印を見ることでお手持ちの品のおおよその製作年代の参考とすることができます。こちらでは多数あるオールドノリタケの刻印の中から主要なものをご紹介しています。
お手持ちのアンティークのノリタケや、また新しく購入する際には、どんな時代のものだったのか思いを馳せるのも楽しみ方のひとつです。

メープルリーフ印(輸出向け)
1891年-1915年頃 グリーン、ブルー
マルキ印(輸出向け)
1900-1910年頃 グリーン、ブルー
ノリタケ マルキ印(輸出向け)
1908年-1930年頃 グリーン、ブルー
マルキ印は困難を乗り越え、物事が円満に収まるよう「困」の「□」を「○」くされたそうです。
RC印 (輸出向け・国内向け)
1910年- 左)グリーン、ブルー 右)グリーン、ピンク
RCは "Royal Crockery"(高級磁器)という意味だそうです。
M-NIPPON印(輸出向け)
1910年-1921年頃 グリーン、ブルー、ピンク、金
マルキ印(輸出向け)
1910年-1941年頃 グリーン、マロン、藍
ノリタケ ニッポン印 (輸出向け)
1911年-1921年頃 ブルー、グリーン、レッド
ライジングサン印(輸出向け)
1912年-1921年頃 ブルー
ヤジロベー印(国内向け)
1912年-1940年頃 グリーン、マロン、ピンク、藍
ノリタケホウオウ印(輸出向け)
1916年-1941年頃 藍
M-JAPAN印(輸出向け)
1918年-1941年頃 グリーン、ブルー、ピンク、マロン、藍
月桂樹 RC印(インド・インドネシア輸出向け・国内向け)
1920年-1950年頃 グリーン、マロン、レッド、ブルー
サクラ印(輸出向け)
1924年-1941年頃 レッド、グリーン、マロン、ブルー
チカラマチ印(輸出向け)
1928年頃 グリーン、マロン
主税町(ちからまち)にあった絵付工場の製品
ノリタケ チャイナ印 (輸出向け)
1931年-1941年頃 グリーン、イエロー、ピンク
日陶印(国内向け)
1932年-1943年頃 朱、藍
月桂樹 M印(輸出向け・国内向け)
1933年-1953年 多色、金
星 RC印(輸出向け・国内向け)
1934年-1950年頃 グリーン
(国内向け)1935年頃 朱色
月桂樹 日陶印(国内向け)
1935年-1943年頃 レッド、グリーン、マロン、藍
陶日印(国内向け)
1938年-1943年頃 朱、藍
ボーンチャイナ RC印 (輸出向け)
1935年-1945年 レッド
ボーンチャイナ マルキ印 (輸出向け、国内向け)
1940年-1945年頃 マロン、ピンク、黒、金
ボーンチャイナ トナカイ印(輸出向け、国内向け)
1940年-1952年 レッド・茶

「NIPPON」という刻印について

明治の初期頃の輸出品には原産地名が表示されておらず、一部の絵付けに製作者や工場経営者、生地製造業者などが漢字で表示されているだけでした。そこで、輸出先の主要国であるアメリカが何処の国で製造されているかがわかるよう義務づける "THE MCKINLEY TARIFF ACT" という関税法が1890年(明治23年)に制定されたのです。その際にの決定で「JAPAN」ではなく、「NIPPON」定められたことから、輸出業者は翌年からNIPPONの刻印を使用したそうです。

M-NIPPON印(輸出向け)
1910年-1921年頃 グリーン、ブルー、ピンク、金

この正式な英語でない「NIPPON」という原産地名はアメリカと日本の間で長く通関されていました。それから27年後の1918年(大正7年)になってようやくアメリカの商務省から「NIPPON」から「JAPAN」へと変更する通達が出され、これらが浸透するまで3年ほどかかったそうです。しかし、そのおかげで原産地名「NIPPON」という表示を見るとおおよその年代や歴史を知ることができます。オールドノリタケとして「NIPPON」刻印のものは約十数点あるとされ、当時のものは均整のとれた形状に繊細な絵付けが施されており、現代でも高く評価されています。


「マルキ」という刻印について

○のなかに木と書かれた刻印はマルキマークと呼ばれています。戦前の裏印の中でも最も長く使用されていた裏印で、主に英国向け製品に使われていました。このマークは「マルキ」と称されていますが、もとは困難の「困」という字を図案化してもので、中心に描いた槍で困難を打ち破り、物事がすべて円満に収まるよう □ を 〇 にしたと伝えられています。

マルキ印(輸出向け)
1910年-1941年頃 グリーン、マロン、藍

オールドノリタケと大倉孫兵衛


ノリタケの始まりである森村組がアメリカとの直輸出をはじめたのは明治9年(1876年)頃からです。森村組最初の商品は大倉孫兵衛が大阪より仕入れた御神酒徳利(おみきとっくり)だったそうで、アメリカ人はそれを花瓶と思い喜んで買ったのが始まりでした。

直輸出が好調となり、森村組は骨董品や日本人形、扇子などの販売から陶磁器を主力商品と決めました。その後、明治16年(1883年)頃、ニューヨーク店の森村豊よりアメリカ人が日常で使うコーヒー茶碗をつくってほしいという要請が東京の本店入りました。取手のついた茶碗、そして受け皿を薄く焼く技術は、当時の日本人には到底不可能なこととされていた時代です。しかし、大倉孫兵衛はそれを引き受け、コーヒー茶碗の見本を持って京都や愛知などの窯場へ生産の交渉に尋ね歩いたのです。なかなか引き受けてくれる窯場はなかったものの、ひたすら窯場を歩き回り交渉を続けることで、ついに瀬戸の窯場(川本桝吉)の説得に成功しました。

日本製第一号のコーヒー茶碗

日本製第一号のコーヒー茶碗は8,000円から15,000円程と、かなりのコストをかけて製作されました。九谷焼風の絵付けが施されていたそうですが、生地の色は純白とは程遠いねずみ色で、厚みもかなりあり、とても満足できないものだったようです。しかしながら、ニューヨークで日本製のコーヒー茶碗の売れ行きは好調で、砂糖やミルク入れなどの要望も入るようになりそれも川本桝吉に頼みなんとか製造に成功。ニューヨーク店を盛り上げていけるようになったといいます。

雑貨類の輸出商社から陶磁器メーカーへ

技術的に難しかった注文も、森村組は数をこなして行くことによってさまざまな難しい形の陶磁器を作れよるようになっていきました。生地は瀬戸の窯元で焼き、東京や京都で絵付けを施し、横浜や神戸から輸出する仕組みも着々と出来上がっていったのです。輸出品の多くは陶磁器となり、明治22年(1889年)には森村組ニューヨーク店の売上も上昇し、10年前の5倍という成長を遂げ、雑貨類の輸出から陶磁器メーカーへと転換していきました。



ノリタケのデザインと時代背景

オールドノリタケの特徴のひとつとして、その当時の世の中の生活様式の変化や芸術などを積極的に商品デザインに取り入れて作られていることがあげられます。大きく2つに分けられ、1つ目は1885年頃?1935年頃(明治18年〜昭和10年頃)までに主にアメリカに輸出された 日本的なデザインの商品を含むアール・ヌーボーを中心とした西洋画風のグループ。もう1つは大正末期頃から昭和初期頃の短い間に流行したアール・デコのグループです。

アール・ヌーボー

1870年代のロマン主義からの流れを受け継いだ、複雑な曲線、丸み、膨らみが均整のとれた形状で取り入れられています。絵付けは大部分が繊細な職人の手によって、多彩な絵の具、金彩で仕上げられています。

モチーフも構図も優れ、品格、品質共に極めて高いものばかりです。オールド・ノリタケの1910年代までの初期の作品の特徴は、花や樹木などの自然をモチーフにし、淡いパステルカラーを基調とした点で、作品は花瓶やキャンディーボックスなどでしたが、次第にコーヒーポットなども生産されるようになりました。

その後、1914年には日本で最初のディナーセットを完成させました。当時の商品はアメリカやヨーロッパ向けの輸出が殆どでしたが、しばらくすると欧米風の商品が宮内省や海軍省、また一部のホテルやレストランにも販売されるようになりました。

この頃の製品のほとんどは、当時では最高クラスのグレードで、デザインも日本の花鳥画の技法が欧米のデザインと融合した特異なものでした。


アール・デコ

アール・デコは第一次世界大戦によりにより打撃を受けた人々が楽しみや快楽、また風変わりなものを求めていた時代の動きが頂点に達した1925年(大正14年)に、パリで開催された現代美術産業博覧会より一気に世界各地に広がりました。

アール・デコは世界各地の様々な装飾、様式で表現されており、衣服や家具、ガラス、陶磁器、宝石、建物など、文化、風俗、習慣など市民生活の中に至るまで様々に演出さされています。

もちろん、森村組もこの様式をいち早く取り入れた商品を展開することを決め、1922年(大正11年)から1931年(昭和6年)までの間に約900点にのぼるアール・デコ商品を製作したと言われています。

ノリタケのアール・デコ商品は、貝殻の内側、虹色の光沢を持った螺鈿(らでん)のような光沢を「ラスター彩」という技法で表現しており、その輝きは当時の婦人たちに優雅さ、上品さ、高価さを感じさる象徴的なデザインとなりました。

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